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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)6072号 判決

原告

池上初

被告

山本宣光こと崔宣光

ほか一名

主文

一  被告らは各自原告に対し金二一六万一、四三一円及びこれに対する昭和五五年八月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自原告に対し金四四八万六二五五円及びこれに対する昭和五五年八月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

被告崔洪復は鉄屑、ダンボール箱等のいわゆる「仕切り」を業とするものであり、被告崔宣光はその次男であり、原告は主婦として家事に従事しているほか、被告崔洪復の経営する山本商店に対し、ダンボール等を納入していたものである。

2  事故の発生

原告は、昭和五五年八月一八日、東京都大田区本羽田三丁目二三番二三号所在山本商店鉄屑等集積所内において、同所に積んであつた荷類の選別をしていたところ、被告崔宣光の運転するフオークリフトがバツクしてきて右後部車輪で原告の右足を踏んだため、右足挫傷、右第五中足骨骨折等の傷害を負つた。

3  責任原因

(一) 被告崔洪復は、本件フオークリフトを保有し自己のために運行の用に供していたものであるから、運行供用者責任がある。

(二) 被告崔宣光は、免許を取得していないにもかかわらず、本件フオークリフトを運転し、しかもギアをバツクに入れていたのを失念してエンジンを始動したため、急に車両が後退して本件事故を起こしたものであり、仮に右事実が認められないとしても、後方の安全を十分確認せず、かつ集積所内に勾配がありフオークリフトが自然に後退する可能性があるにもかかわらず、漫然とブレーキをはずして発進させようとしたため、急に車両が後退して本件事故を起こしたものであるから、不法行為責任がある。

4  損害

(一) 治療費

原告は、本件事故による治療費(ただし、健康保険給付分を除く。)として、市川病院における昭和五五年八月一八日から同月二九日までの通院分金九、六三〇円、竹内整骨院における同年九月一日から同年一〇月一八日までの通院分金六万九、一〇〇円、東京労災病院における同年一二月二四日から昭和五六年八月一九日までの通院分金八万八、四八二円の合計金一六万七、二一二円を要した。

(二) 通院交通費

原告は、通院交通費として、別紙通院交通費明細表のとおり、合計金二万六、八四〇円を要した。

(三) 諸雑費

原告は、ステツキ代、諸手続交通費等として金八、三三〇円を要した。

(四) 休業損害

原告は、本件事故により昭和五五年八月一九日以降昭和五六年八月一九日までの三六六日間にわたりダンボール等の回収の業務が不可能となつたほか、長期にわたり主婦として家事に従事することができなかつた。本件事故当時における女子の平均給与年額は金一八三万四、八〇〇円(一日当り金五、〇二六円。昭和五五年賃金センサス第一巻第一表女子全労働者計による。)であるから、原告の休業損害は、一日当り金五、〇二六円として算出した三六六日分の給与額金一八三万九、五一六円の七〇パーセントにあたる金一二八万七、六六一円を相当とする。

(五) 逸失利益

原告には、本件事故のため、右膝関節痛等の後遺障害が残り(症状固定日昭和五六年八月一九日)、これは後遺障害等級一四級一〇号に該当するので、女子の前記平均給与年額金一八三万四、八〇〇円を基礎収入とし、喪失率五パーセント、喪失期間二一年、新ホフマン方式(係数一四・一〇三八)により中間利息を控除して、原告の逸失利益を算定すると、金一二九万三、八八二円となる。

(六) 慰謝料

原告の通院慰謝料としては金八〇万円、後遺症慰謝料としては金六〇万円を相当とする。

(七) 既払分

原告は、被告らから金九万七、六七〇円の支払を受けているので、これを前記損害から控除する。

(八) 弁護士費用

原告は、昭和五六年五月九日原告代理人に対し本件損害賠償請求訴訟の提起を依頼し、報酬として金四〇万円を支払う旨を約した。

5  よつて、原告は被告ら各自に対し、損害金四四八万六、二五五円及びこれに対する不法行為の翌日である昭和五五年八月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3(一)の事実は認め、(二)の被告崔宣光の過失責任については争う。

4  同4の損害の主張については、後記のとおり、いずれも争う。

三  被告らの主張

1  原告の本件事故による休業は、事故後二週間程度であり、原告の傷害は、昭和五五年一〇月一八日の竹内整骨院における治療で治ゆしている。

すなわち、原告は、同年八月下旬ころ身内の結婚式のため、秋田まで出かけているほか、同年九月上旬から一〇月中旬にかけて被告らの経営する「山本商店」にダンボール等を納入し、代金を受け取つているなど現に就労していたのである。

2  原告主張にかかる後遺症は、本件事故によるものとは認められない。

すなわち、原告は、本件事故後、昭和五五年八月一八日から同月二九日まで市川病院において、「右足挫傷、第五中足骨々折」で治療を受け、引き続き同年九月一日から同年一〇月一八日まで竹内整骨院において、三四回にわたり「右第五趾骨々折、趾打撲」で治療を受け、その結果、治ゆと診断された。しかるに、原告は、突如、同年一二月二四日から本件負傷部位の治療として東京労災病院に通院を始めるのであり、しかも昭和五六年三月一八日付の同病院の診断書には、「右足挫傷、右五中足骨々折」とのみ記載され、「右膝関節痛」についての所見は見当らなかつたのみならず、診療内容をみると、「尿酸定量中性脂肪コレステロール」との記載や「慢性疾患指導」がなされている事実が認められ、本件事故による受傷とは別の内科的所見に基づく治療もなされていた。原告の「右膝関節炎」の傷病名は、昭和五六年八月一九日付後遺障害診断書に記載されているが、その症状は極めて主観的な愁訴に基づく神経症状であり、他覚的には正常範囲内にあるものなのである。

なお、原告は、本件事故によるものとは別に、昭和五五年九月一〇日から同年一二月二四日までの間、東京労災病院整形外科において、「変形性腰椎症、肩こり症、右肘関節炎」で六日間治療を受けているが、その際は本件負傷部位についての痛みを何ら訴えていない。東京労災病院の鎌野医師は、原告の右膝関節痛が本件負傷部位をかばうことによつて併発したものと診断しているが、本件負傷部位の痛みが継続的にあつたとは認められないから、右推論は無理といわなければならない。

3  原告は、被告らに無断で関係者以外の立入りを禁止している本件事故現場に立ち入り、無断で同所にある衣類を持ち出そうとして衣類の選別をしていて事故に遭つたものである。

すなわち、原告は、本件フオークリフトの背後で無断で衣類選別をしていたため、被告崔宣光が同車に近づくにつれ、殊更隠れる様にして同車の背後にかがんだか、又は被告崔宣光の視界に入らないような姿勢で右選別に夢中になつていたかのいずれかであり、被告崔宣光としては、本件事故現場が被告らの敷地内であつたことからすると、フオークリフトの後方で身を隠すようにしていた者に対してまで確認すべき注意義務はなかつたというべきである。

したがつて、本件事故発生について、被告崔宣光には責められるべき過失はなかつたのであり、仮に何らかの過失があるとしても、原告の前記挙動によるところがはるかに大であつたことは明らかである。

四  被告らの主張に対する原告の反論

1  原告は、本件事故により右足挫傷、右五中足骨々折の傷害を負い、殊に昭和五六年四月中旬以降は右足をかばうことにより右膝関節痛を併発した。このため、原告は、事故前まで従事していたダンボール回収の仕事をすることができず、また家事についても殆んどできない状態となつたので、娘の芳美及び千代美がダンボールの仕切りや家事を分担したのである。被告らは、原告が昭和五五年九月二日から就労した証拠として仕切書を提出しているが、この期間は原告の娘らがかわりに仕切りに赴いていたのであるから、原告が就労したことの証拠となるものではない。また、原告が結婚式のため秋田に出向いたことはあるが、家族に支えられてようやく辿り着いたものの、足の痛みのため正座に耐えられず、式には出席できない有様であつた。

本件事故から症状固定日(昭和五六年八月一九日)までの労働能力の程度については、少なくとも事故直後の三か月位(娘の芳美が家事に専念していた期間)及び膝関節痛を併発後二か月位は労働能力が全くなかつたとみるのが妥当であり、その余の期間は相当程度制限されたものとみることができる。

2  原告の傷害は、昭和五五年一〇月一八日の竹内整骨院における治療で治ゆしたものではなく、被告らから治療費を支払つてもらえる目度がなくなり、治療代の高い整骨院に通う経済的余裕がなくなつたため、一時治療を中断したにすぎない。原告の右膝関節痛は、右足をかばうために併発したものであり、身体的素因に起因するものではないから、本件事故との因果関係は明らかであり、原告の右足背部には痛みのほか腫脹もみられ、更に右膝関節痛併発の際には右膝に関節水腫をきたし、跛行もみられるなど他覚的所見も少なからず認められている。

3  原告は、無断で衣類を持ち出そうとして本件事故現場に立ち入つたのではない。

すなわち、原告及び原告の夫訴外池上幸治と被告崔洪復の営む「山本商店」とは数年来の取引があり、原告は、従前より被告崔洪復の妻訴外金玉喜の了解を得て、廃品回収で集積所に集められた衣類を分けてもらつていたのであり、しかも本件集積所は、周囲に塀も柵も設置されていない開放的な場所であり、三方を道路に面し誰でも自由に出入りすることができ、容易に人目につくところであつた。本件事故は午後三時という昼日中であり、原告が盗みをするような状況では全くなかつた。原告は、従前と同じく、訴外金玉喜の了解を得て衣類を選別していたのであり、周囲の状況からしてフオークリフトの背後に身を隠すことなどあり得ないのであり、原告の負傷部位が右足の先端部であつて、膝や上半身にはフオークリフトの接触による何らの傷害もなかつたことからすると、原告が立位の状態で轢かれたことが明らかである。したがつて、本件事故の原因は、あげて被告崔宣光の過失にあり、原告の過失を問擬すべき余地はない。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)及び2(事故の発生)の各事実は、当事者間に争いがない。

二  同3(一)の被告崔洪復の運行供用者責任については、当事者間に争いがない。

三  本件事故態様等についてみてみるに、成立に争いのない甲第二、第三号証、第一六号証の一ないし一七、第一七号証、乙第八ないし第二四号証、偽造文書として提出されたが、後述のとおり真正に成立したものと認められる甲第四号証、証人高橋久の証言、原告本人尋問の結果(第一、第二回。ただし、後記措信しない部分を除く。)、被告崔宣光本人尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)、被告崔宣光法定代理人(当時)金玉喜尋問の結果(ただし、後記措信しない部分を除く。)によれば、

1  本件事故現場は廃品回収した鉄屑、ダンボール、衣類等の置かれた山本商店の集積所であり、東側、北側、西側は道路に面し、その境には塀も柵もなく、自由に人の出入りのできる開放的な場所となつており、事故発生地点は東西の道路に通り抜けのできる集積所内の通路状になつている場所であつたこと、

2  原告は、事故当日の午後二時すぎころ、右集積所内にダンボールを納入しに行き、西側道路から東に約六メートル入つたあたりで仕切り(ダンボールの重さを量り、代金を清算すること)をしてもらい、被告崔宣光の母訴外金玉喜から代金を受け取つたこと、原告方ではそれまで数年にわたり山本商店にダンボール等を納めており、また、原告は、山本商店の回収した衣類(古着)を、訴外金玉喜の了解を得て譲り受けたことが何回となくあつたため、当日も訴外金玉喜に衣類を分けて欲しい旨を話し、その了承を得たこと、

3  原告は、西側道路から東に約一四・五メートル入つた集積所内の通路状になつている場所で、体を南側に向け、束になつた衣類を取り出し二、三〇分選んで見ていたこと、その際自己の右側近くに本件フオークリフトが停車しているのに気付いたものの、自己が本件フオークリフトの後方におり、フオークリフトの前方が広く開いていたことから、さほど気にとめなかつたこと、

4  被告崔宣光は、フオークリフトの運転免許を有していなかつたが、本件集積所内で時折本件フオークリフトを運転し、親の仕事の手伝いをしていたこと、被告崔宣光は、事故当日の午後三時三〇分ころ、誰も集積所内にはいないと思い込んでいたため、本件フオークリフトの後方に注意を向けず、したがつてその後方で依類の選別をしていた原告に気が付かないまま本件フオークリフトに乗り込み、エンジンをかけ、サイドブレーキをはずして発進しようとしたところ、その場所が若干勾配になつていたため、本件フオークリフトを後退させ後方にいた原告の右足の先端部(主に指の部分)をその右側後輪で轢過したこと、

5  事故後、しばらくの間は原告の治療費、雑費、休業損害等を被告側で支払い、原告も警察への事故の届出を控えるなど円満な関係にあつたが、被告らは、昭和五五年一〇月中旬ころになつて原告の夫の窃盗事件(不起訴となつた。)の出来事が発生するや、原告も盗みのため無断で集積所内に立ち入り、フオークリフトの後部に身を隠そうとしたため本件事故に遭つたと主張するようになり、両者の関係が険悪化し、原告は、同月二五日ころ遂に本件事故を警察に届け出るに至つたこと、

以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果(第一、第二回)、被告崔宣光本人尋問の結果、被告崔宣光法定代理人(当時)金玉喜尋問の結果は措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、原告は、甲第四号証(原告の司法警察員に対する昭和五五年一〇月二五日付供述調書)が偽造されたものであると主張し、この主張に沿う原告本人尋問の結果(第二回)によつて真正に成立したものと認められる甲第一八、第一九号証及び原告本人尋問の結果(第一、第二回)が存するが、甲第四号証の原告署名部分は争いのない原告の署名部分(例えば、甲第三号証、乙第二二号証、宣誓書の各署名部分等)と酷似しており、これに証人高橋久の証言及び警察において偽造までして原告の供述調書を作出する必要性があつたとも思われないこと、一般に筆跡鑑定の確実性には疑問が呈されていること、その他諸般の事情を考慮すると、右原告の主張に沿う証拠は採用できず、甲第四号証は真正に成立したものと認めるのが相当である。

前記認定事実によれば、被告崔洪復は、本件フオークリフトを運転するに際しフオークリフトの周囲の安全を確認すべき注意義務があつたのに、これを怠り、漫然とエンジンを始動してブレーキをはずしたために同車を後退させ、本件事故を起こしたものであるから、民法七〇九条の不法行為責任を負うことが明らかである。

被告らは、原告が無断で集積所内で衣類を選別していたため、本件フオークリフトの後方に身を隠すようにしていて本件事故に遭つたものであると主張するが、本件事故までの原告と被告らとの取引及び交際の実情、事故発生時刻、事故現場の状況、その他前記認定の諸事情からすると、原告が盗みの目的で集積所内に立ち入つていたとは認め難く、前記認定のとおり、原告は、衣類選別について訴外金玉喜の了承を得ていたと認めるのが相当である。してみると、本件においては、原告に事故発生について過失相殺をすべき落度があつたことを認めるに足りる証拠はないことに帰し、他に過失相殺を相当とするような事情も認められないから、過失相殺についての被告らの主張は採用できない。

四  原告の治療経過及び後遺症について判断する。

成立に争いのない甲第七ないし第一一号証、第二七号証、乙第三二号証、第四一号証の一、二、原告本人尋問の結果(第一回)によつて真正に成立したものと認められる甲第五、第六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三一号証、乙第三三号証、原告本人尋問の結果(第一、第二回)によれば、

1  原告は、事故後直ちに市川病院に行き、「右第五中足骨々折、右第四趾末節骨々折」と診断され、同日から同月二九日まで同病院に通院して治療を受けたこと、

2  その後、原告は、被告らの了解を得て、同年九月一日から同年一〇月一八日まで竹内整骨院に三四回にわたり通院し、「右第五趾骨々折、右趾打撲」の診断で治療を受け、その結果、同年一〇月一八日治ゆと診断されたこと、

3  原告は、右足背痛を訴え、同年一二月二四日から「右足挫傷、右第五中足骨々折」の診断で東京労災病院に通院を始め、昭和五六年八月一九日まで実日数二二日通院して治療を受けたが、同年四月中旬ころ右膝関節炎を併発し関節水腫をきたしたこと、東京労災病院では、昭和五六年八月一九日症状固定と診断され、「X線では骨折は認めない。可動域は膝関節、足関節ともおおよそ正常範囲内」であるが、「右足背痛、腫脹、右膝関節痛による歩行障害がある。」、「立位で長時間いると夕方になると疼痛、腫脹がみられる。」との後遺障害診断がなされたこと、東京労災病院における担当医師は、本件事故によつて負傷した右足をかばうことにより右膝関節炎を併発したと考えていること、

4  なお、原告は、昭和五三年九月ころから、高血圧症、頸椎症、変形性脊椎症、更年期障害等の病名で市川病院に通院していたことがあるほか、本件事故によるものとは別に、昭和五五年九月一〇日から同年一二月一〇日まで実日数六日間、変形性腰椎症、肩こり症、右肘関節炎の病名で東京労災病院整形外科に、同年一〇月二九日から、高血圧症の病名で同病院内科にそれぞれ通院して治療を受けていること、

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実をもとに考えてみるに、原告は、竹内整骨院における最終治療日である昭和五五年一〇月一八日から東京労災病院において本件負傷部位の診察を受ける同年一二月二四日までの間、東京労災病院整形外科で他の部位の治療を受けていながら、本件負傷部位についての痛み等を訴えた形跡はないのみならず、前掲乙第四一号証の一によれば、昭和五五年一二月二四日のカルテには、「八月に右足挫傷、最近冷えるとわるい。」との記載になつており、これらの点からすると、右の間の原告の負傷部位の症状はかなり落ち着いたものであつたと推認することができる。しかし、原告の負傷部位の痛みが寒さとともにぶり返してきたことも否めない事実であり、この点から東京労災病院の担当医は、原告の右膝関節炎が本件負傷部位をかばうことによつて併発したものと判断したと思われる。

当裁判所は、東京労災病院の担当医の右判断はそれなりに合理性があると考えるが、一方、原告が本件事故によるものとは別に、変形性腰椎症、右肘関節炎等で東京労災病院に通院していること、右膝関節炎が本件事故から約八か月を経てあらわれていること等を考えると、原告の右膝関節炎が本件事故と一〇〇パーセントの因果関係があるとすることはちゆうちよされるのであり、かかる場合には損害算定上本件事故との結びつきを割合的に把握することも許されるべきであると解する。したがつて、当裁判所は、本件における一切の事情を斟酌し、本件事故と原告の後遺症との因果関係は肯定するものの、少なくとも原告の後遺症による逸失利益及び慰謝料の損害算定に当つては、本件事故の寄与割合を五〇パーセントとして算定するのを相当と認める。

五  損害について検討する

1  治療費

成立に争いのない甲第八ないし第一〇号証、第一七号証、原告本人尋問の結果(第一回)によつて真正に成立したものと認められる甲第六号証、原告本人尋問の結果(第二回)によつて真正に成立したものと認められる甲第三〇号証、弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第三一号証、原告本人尋問の結果(第一、第二回)、被告崔宣光法定代理人(当時)金玉喜尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故による治療費(ただし、健康保険給付分を除く。)として、市川病院において金九、六三〇円(甲第一七号証記載の金七、八四〇円に、初診料金一、七九〇円を加えた額)、竹内整骨院において金六万九、一〇〇円、東京労災病院において金八万四、四八二円(甲第八ないし第一〇号証の合計金八万八、四八二円から甲第一〇号証の慢性疾患指導分金四、〇〇〇円を控除した額)の合計金一六万三、二一二円を要し、同額の損害を蒙つたものと認められ、右認定に反する証拠はない。

2  通院交通費

原告本人尋問の結果(第一回)によつて真正に成立したものと認められる甲第一二号証の一ないし一九、原告本人尋問の結果(第一、第二回)によれば、原告は、本件事故による竹内整骨院及び東京労災病院への通院交通費として、別紙通院交通費明細表のとおり、合計金二万六、八四〇円を要し、同額の損害を蒙つたものと認められ、右認定に反する証拠はない。

3  諸雑費

原告本人尋問の結果(第一回)によつて真正に成立したものと認められる甲第一三号証の一ないし六、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は、本件事故のため、警察署及び社会保険事務所への諸手続交通費として金五、六五〇円、薬品代として金九八〇円、T字ステッキ代として金一、七〇〇円の合計金八、三三〇円を要し、同額の損害を蒙つたものと認められ、右認定に反する証拠はない。

4  休業損害

原告本人尋問の結果(第一回、第二回)に、前記認定の負傷の部位・程度、通院状況等を総合すれば、原告は、本件事故による受傷のため、昭和五五年八月一九日以降症状固定と診断された昭和五六年八月一九日までの三六六日間にわたり、ダンボール回収等の仕事や主婦として家事を行なうことに相当程度の制約を受けたことが認められるところ、その就労能力の制限の程度については必ずしも明確ではないが、当裁判所は、諸般の事情を斟酌し、右期間を通算して考えてみると、おおむね四〇パーセントの就労制限があつたものと推認するのを相当と考える。

原告の収入を原告主張のとおり一日当り金五、〇二六円(昭和五五年賃金センサス第一巻第一表産業計、企業規模計、学歴計の女子の全年齢計の平均年間給与額金一八三万四、八〇〇円を三六五日で除したもの。)として、原告の休業損害を算定すると、金七三万五、八〇六円となり、同額を原告の損害と認める。

なお、被告らは、原告の本件事故による休業は事故後二週間程度にすぎないと主張するが、右説示した点に照らし採用し難い。

5  逸失利益

前記認定の後遺障害の部位・程度等からすると、原告には、自賠責保険における後遺障害等級一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」に相当する後遺症が残存していると認めることができ、原告の収入を前記賃金センサスの年収金一八三万四、八〇〇円とし、喪失率五パーセント、喪失期間三年、ライプニツツ方式により中間利息を控除(係数二・七二三二)して、原告の逸失利益を算定すると、金二四万九、八二六円となり、前記説示したとおり後遺症に対する本件事故の寄与割合は五〇パーセントとすべきであるから、その半額である金一二万四、九一三円を本件事故による原告の損害と認める。

6  慰謝料

本件事故の態様、原告の傷害の部位・程度・通院状況・後遺障害の内容、その他諸般の事情を考慮すると、本件事故による原告の通院慰謝料としては金七〇万円、後遺症慰謝料としては金三〇万円(本件事故の寄与割合五〇パーセントからして、算定し得る後遺症慰謝料額の半額とした。)をもつて相当と認める。

7  損害のてん補

原告が被告らから既に金九万七、六七〇円の支払を受けていることは、原告の自認するところであるから、前記損害額合計金二〇五万九、一〇一円からこれを控除すると、残額は金一九六万一、四三一円となる。

8  弁護士費用

原告が被告らから損害金の任意の支払を受けられないため、原告訴訟代理人に本訴の提起、遂行を委任することを余儀なくされたことは、弁論の全趣旨により明らかであるところ、本訴請求の難易、前記認容額、訴訟の経緯、その他諸般の事情を考慮すると、被告らに賠償を求め得る本件事故と相当因果関係ある弁護士費用としては、金二〇万円をもつて相当と認める。

六  以上のとおりであるから、被告らは原告に対し、損害金二一六万一、四三一円及びこれに対する本件事故発生日の翌日である昭和五五年八月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務を免れない。

よつて、原告の本訴請求は右の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないのでいずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田聿弘)

通院交通費明細表

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